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【第4回】那覇の景観資源-赤嶺~那覇空港周辺

前置き

「那覇の景観資源指定候補」の現状をシリーズで紹介します。

那覇の景観資源(都市景観資源)とは?
「都市景観の形成上重要な価値があると認められる樹木や石垣、拝所、建築物などを対象として、都市景観資源指定候補の選定を行い、所有者の同意を基に那覇市が指定した物件(資源)」のことをいいます。
第1回~6回景観資源指定候補集(PDF/8.9MB)
那覇の都市景観資源指定物件(PDF/2.5MB)

記事を書くにあたって4つの注意事項。
1、個人所有の物件は撮影許可等が発生するので紹介しません。
2、公園や街路樹などの所有者が公の物件のみを紹介します。
3、不定期で景観資源シリーズ記事を更新します。完結するかは不明です。(ここ重要)
4、景観資源指定候補集では、ナンバリングが地区を跨がりバラバラでうたれています。当ブログでは順不同で紹介します。

僕が見た印象を5段階で評価します。
5→選定当時と比べ、ほぼ変わらず残っている状態。
4→選定当時と比べ、変化が見られる状態。
3→選定当時と比べ、大きく変化が見られる状態。
2→選定当時と比べ、大きく変化見られる上に存続が危ぶまれる状態。
1→存在しない。

「景観資源候補」の中から「都市景観資源」に指定された物件は(都市景観資源)と記載しています。
これまでに更新した「那覇の景観資源シリーズ」のブログ記事はこちらをクリック

No.2

No.2:デイゴの老木
場所:字安次嶺(Googleマップ)
所見:約150年経過し、威風堂々とした地区のシンボル的な存在である。
選定:1993年(平成5年)
状態:1
YouTube:0:08~

一言メモ:日本を縦断し大きな被害を出した2012年の台風17号。最大905ヘクトパスカルまで勢力を強め、那覇で最大瞬間風速61.2メートルを観測しました。
残念なことにその時の暴風でデイゴは倒木し、景観資源は失われてしまいました。

2012年10月9日の琉球新報紙面より被害状況を引用しますと

台風17号の暴風を受け、樹齢250年にも達するデイゴの木が根本から折れた。地域からは「大切にしてきただけに、青天の霹靂だ」と驚きの声が上がった。安次嶺自治会では挿し木による復活に望みを懸けている。
幹回りは大人3人で腕を伸ばしたほどもあったという。複数の拝所に囲まれるように立っており、地域の「御神木」だった。

↑2012年10月9日の琉球新報紙面より

現在、デイゴがあったチンマーサーには別種の木が植樹されています。
挿し木による復活はその後どうなったのでしょうか?
ちなみに、赤嶺配水池(赤白タンク)入り口側にもデイゴの巨木があります。

No.5

No.5:ガジャンビラ斜面緑地
場所:山下町(Googleマップ)
所見:高台に残る貴重な緑地で小禄の緑の骨格となっている。眺望も良い。
選定:1993年(平成5年)
状態:5
YouTube:0:52~

一言メモ:今もほぼ変わらず選定当時の状態で残っています。
ガジャン=蚊、ビラ(ヒラ)=坂の意味。
由来は、付近の住民の屋号「我謝ヌ坂」からきた説と、この坂から逃げた蚊が琉球国中に広まり増殖したという民話説の2つが存在します。

No.12

No.12:国道331号線の街路樹
場所:字小禄~具志(Googleマップ)
所見:那覇から南部への亜熱帯的雰囲気を醸しだす道路である。
選定:1993年(平成5年)
状態:5
YouTube:1:15~

一言メモ:今もほぼ変わらず選定当時の状態で残っています。
所見にあるようにヤシやガジュマルが亜熱帯的雰囲気を醸し出しています。

No.82

No.82:上の毛(都市景観資源)
場所:字安次嶺(Googleマップ)
所見:米軍によって接収されたが、神聖な杜の景観をよく残している。
選定:1993年(平成5年)
状態:5+(選定当時より良い状態なので5+としました)
YouTube:1:36~

メモ:選定当時より杜が復活し良い状態で残っています。
上の毛(ウェーヌモー)は琉球国由来記にも記されている神聖な杜です。No.2「デイゴの老木」とともに米軍接収時に整備の一環で破壊される予定でしたが、度重なる事故で杜とデイゴは残されることになったそうです。→参考記事

No.83

No.83:小禄金城公園の御嶽
場所:字金城(Googleマップ)
所見:小禄金城公園内の一番高いところにある見晴らしのよい御嶽。
選定:1993年(平成5年)
状態:5
YouTube:1:58~

一言メモ:今もほぼ変わらず選定当時の状態で残っています。
公園内には「金城の御嶽」があり、戦後は徴収され御嶽は基地の中となってしまいましたが、聖地として保護されてきました。
金城の人々は御嶽が望める方向に拝所をつくり祈りをささげ、返還後はもとあった場所に戻され、現在の金城ノ嶽となったそうです。
ー引用 那覇観光資源データベース「金城ノ嶽」よりー

No.120

No.120:先原崎灯台と岩
場所:字鏡水(Googleマップ)
所見:那覇港への、出入港の安全を守ってきた灯台。
選定:1997年(平成9年)
状態:5
YouTube:2:47~

一言メモ:今もほぼ変わらず選定当時の状態で残っています。
中城湾津堅島の灯台とともに沖縄で最初に建てられた灯台跡で、1896年(明治29)に陸軍省臨時台湾燈標建設部により建設されました。
沖縄戦で灯台は破壊され、跡地は米軍により航路標識塔が建てられ、現在は那覇航空交通管制部の敷地となっています。
ー引用 那覇市歴史博物館「先原崎灯台跡」よりー

記事中の情報

那覇の景観資源指定候補集(8.9MB)→こちら
那覇の都市景観資源指定物件→(2.5MB)→こちら
「那覇の景観資源」Googleマイマップ→こちら

代表してNo.120「先原崎灯台と岩」の地図を掲載します。

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