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瀬長島の一部は那覇市なのか?-那覇・豊見城海上境界問題

Googleマップで「那覇市字大嶺」の範囲を見ると、瀬長島の一部も含まれています。(Googleマップ)
赤枠が那覇市字大嶺の範囲で、瀬長島野球場の北側の一角が字大嶺の範囲内となっています。まるで飛び地のようです。

なぜなのでしょう?
それは、長年に渡り那覇市と豊見城市が対立していた海上境界問題を紐解けばわかります。

発端

1973年、国土地理院が那覇市と豊見城村(当時)に海上境界線の位置を確認したことが、境界紛争の発端です。
那覇市は戦前の専用漁業権に基づいた線が境界線であると主張し、豊見城村は国土地理院地図(昭和48年)に示された線が境界線であると主張しました。

出典:なは市民の友 2011年3月号

しかし、豊見城村が根拠とする国土地理院地図(昭和48年)の線について、那覇市が国土地理院へ照会したところ、「この線は単に瀬長島の帰属を示す界線であった」と回答。
さらに、2001年にアメリカで「琉球国惣絵図(そうえず・18世紀作成)」が発見され、この絵図に示されていた海上の線「海方切(うみほうぎり)」が、これまで那覇市が主張していた境界線と一致していました。
一方、豊見城市(2002年4月、市に昇格)も「沖縄県土地整理地図(1903年)」に示された海上の線を根拠とする見解を示します。

2011年3月、那覇市が沖縄県知事に対し、地方自治法第251条に基づく自治紛争処理委員に調停を申請しましたが不成立となり、那覇市は地方自治法第9条9項に基づき那覇地裁に提訴しました。

地方自治法第9条9項

市町村の境界に関し争論がある場合において、都道府県知事が第一項の規定による調停又は第二項の規定による裁定に適しないと認めてその旨を通知したときは、関係市町村は、裁判所に市町村の境界の確定の訴を提起することができる。第一項又は第二項の規定による申請をした日から九十日以内に、第一項の規定による調停に付されないとき、若しくは同項の規定による調停により市町村の境界が確定しないとき、又は第二項の規定による裁定がないときも、また、同様とする。

那覇市の根拠

那覇市が根拠とする「琉球国惣絵図」

出典:地図アッチャー/首里那覇港図屏風

豊見城市の根拠

豊見城市が根拠とする「沖縄県土地整理地図」

出典:沖縄県土地整理地図(1903年)早稲田大学 ※コントラスト・明瞭度を調整

第一審判決

2015年1月28日、一審判決が下され、原告那覇市の主張が認められました。
以下、琉球新報より一部を引用します。

那覇空港の南にある海域の境界線を確認するため、那覇市が豊見城市を相手に起こした訴訟の判決で、28日、那覇地裁の鈴木博裁判長は、那覇市側の主張する琉球王朝時代に定められた「海方切」と呼ばれる海上線を根拠とする境界線を認めた。
訴訟では、那覇市側が1797年ごろに作成された「琉球国惣絵図」で示された海方切は、明治末期に小禄間切に付与された専用漁業権の根拠ともなっており、区分線として有効だと主張。これに対し豊見城市側は、明治政府に移行する時期にはこの海域の海方切は消滅していたなどとして、1903年に土地整理事業によって作成された県土地整理地図に記された境界線が有効だと主張していた。
判決では那覇市の主張する海方切について「1903年の時点でも海面の占有利用の範囲を定める慣習として存在していた」と判断した。
豊見城市の主張については、土地整理事業では海面について測量した形跡がなく、整理地図に記された線は「単に瀬長島の帰属を示すものとも考えられる」として退けた。

引用:琉球新報「琉球王朝期の海上境界有効 地裁、那覇市主張認める」より

なぜ争ってるのか?

この海域には那覇空港第2滑走路が建設されており、2020年に供用開始を予定しています。
両市が主張する海上境界のどれを採用するかにより、滑走路の両市に帰属する面積が変わり、国有資産等所在市町村交付金の交付額に約1500万円もの差が生じるので、両市は法廷闘争に至ったわけです。

第一審判決を受け、当時の宜保晴毅豊見城市長は「不服である」として控訴すると報道されていました。
その後、法廷闘争の行方はどうなったのでしょうか? 沖縄タイムス・琉球新報の過去記事を調べても、第二審判決や上告の有無についての続報は見当たりません。

豊見城市議会

豊見城市議会の議事録から、この問題について調べてみました。

平成27年(2015年)3月定例会-3月2日
承認第2号(市境界確定請求事件の第一審判決が不服であるから控訴する専決処分)を承認。
→控訴

平成27年(2015年)8月20日 第二審判決(控訴審)
第一審判決を支持する内容で、那覇市の主張が認められる。

平成27年(2015年)9月定例会-9月8日
議案第60号「市境界確定請求控訴事件に係る上告の提起及び上告受理の申立て」が可決。
→上告
平成27年(2015年)9月定例会-9月17日

赤嶺吉信議員:(前略)那覇市と豊見城市の境界問題についてであります。
 ①残念ながら第一審判決を支持する内容で、豊見城市の控訴が棄却され、那覇市の主張していた「海方切」が支持されたわけでありますが、そのことについて見解を伺います。
 ②「海方切」確定により沖縄県全区域の境界線に大きな影響を及ぼすものだと考えております。沖縄県全区域の問題として、調査も含め取り上げるべきだと思いますが、見解を伺います。(以下略)

秘書広報課長: まず①についてですが、瀬長島海域における本市と那覇市との境界線問題につきましては、去る8月20日に第二審(控訴審)判決が言い渡され、内容としては、赤嶺吉信議員が述べられたように、第一審判決を支持する内容で本市の控訴が棄却されました。つまり那覇市の主張していた「海方切」を根拠とする境界線が支持されたわけであります。同問題につきましては、平成23年12月に那覇地方裁判所に対して、那覇市より訴訟が提起され、平成24年2月15日に第1回目の口頭弁論が行われ、その後、多数回に及ぶ口頭弁論期日及び弁論準備手続期日を経て、第一審判決がことしの1月28日に言い渡されました。本市としては、文献資料等を用いながら、当初から一貫して那覇市の主張根拠となる「海方切」に反論するとともに、明治41年の沖縄県及び島嶼町村制施行直前、明治36年沖縄県土地整理法に基づき作成された沖縄県土地整理地図にはっきりと凡例で境界線として図示されたラインを主張してきたわけですが、判決内容はまことに納得し難い内容でありますので、ぜひ上告して本市の主張を訴えてまいりたいと考えております。
 続いて②についてでございますが、那覇市の主張している「海方切」というものは、1719年に琉球王府によって制定されたと言われており、それが図示されたのが那覇市の主張根拠となっている「琉球国惣絵図(間切り集成図)」であるわけですが、その絵図は1700年代後半に作成されたと推測されているものの、絵図の検証もしっかりとされておらず、製作者も不明で解明されていない部分が多くあります。検証も不十分の未解明の古地図を根拠として、これが市境界として現代に引き継がれているということは、どう考えても理解に苦しむわけであります。廃藩置県から今日までの沖縄県において、ましてや近代の瀬長島海域における歴史的経緯を鑑みたら、なおさらこの思いを強くします。これまで沖縄県内各地で市町村境界をまたぐように公有水面の埋め立てがあったわけですが、その際、埋立地の境界線を定めるに当たり、海方切を根拠にして境界線が定められたというケースを聞いたことがございません。赤嶺吉信議員ご指摘のとおり、海方切を根拠として本県の境界線が確定されれば、今後の沖縄県全域の境界線確定に大きな影響を与えるものと考えており、これまでも海方切を根拠に境界線を確定することは妥当ではないと訴えてまいりましたが、引き続き強く訴えてまいりたいと考えております。

第二審判決

2015年8月20日の第二審(控訴審)判決では、豊見城市側の琉球国惣絵図の作成目的や作成者が不明であるとする主張は認められず、控訴を棄却。

上告棄却と総務省告示

2016年6月9日、最高裁は要件を満たしていないとして上告を棄却し、那覇市が主張していた琉球国惣絵図の海方切が、海上境界として認められました。

最高裁の判断を受け、総務省は2017年に以下のような告示を発表しました。

総務省告示第七十六号

市の境界画定
地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第九条第十項の規定に基づき、沖縄県那覇市と豊見城市との境界が平成二十八年六月九日に確定した旨、最高裁判所から通知があったので、同条第六項の規定に基づき、告示する。

平成二十九年三月九日

総務大臣  山本 早苗

沖縄県那覇市と豊見城市との境界は、別図記載のとおり測定される同図表示のP1、P2、P3の各点を順次直線で結んだ線である。

平成29年総務省告示第76号
告示日:平成29年3月9日
底本:「官報」平成29年3月9日付第6974号

引用・出典:Wikisource

国土地理院

国土地理院地図でも、那覇市が主張した海上境界が適用されています。

出典:国土地理院

境界の3点

総務省告示のP1~P3の3点は、日本測地系XY座標で測定される3点を直線で結んだ線が、那覇市と豊見城市の海上境界であると記述されています。

点名XY
P119553.50115317.452
P219717.99913892.146
P319903.73012282.780

沖縄本島は、平面直角座標系「15系」の区域です。
国土地理院の「緯度、経度への換算」を用いて、緯度経度に換算すると、以下のような数値になります。

点名緯度経度
P126°10′35.20784″127°39′11.72640″
P226°10′40.60617″127°38′20.39411″
P326°10′46.69519″127°37′22.43131″

P1(Googleマップ)→26°10’35.2″N 127°39’11.7″E
P2(Googleマップ)→26°10’40.6″N 127°38’20.4″E
P3(Googleマップ)→26°10’46.7″N 127°37’22.4″E

瀬長島の一部は那覇市なのか?

上の画像の国土地理院地図では、瀬長島野球場の東側と北側に道路は見当たりません。(撮影時期2010年9月~12月)

上の画像のGoogleマップでは、瀬長島野球場の東側と北側に道路があります。

前述の通り、国土地理院の衛星画像の撮影時期は2010年9月~12月。
Googleマップの航空写真は2019年に撮影されたものだと思われます。
約9年の間で、道路が新設されています。

Google Earth Proで、2015年の航空写真を見てみました。

出典:Google Earth Pro

画像左側は2015年1月4日の航空写真で、右側は2015年12月29日の航空写真です。
2015年1月4日時点では、瀬長島野球場東側の一部で道路が建設途中なのがわかります。
この道路は、那覇空港第2滑走路へ延びており、工事関係車両のみが通行できます。

総務省告示の3点の直線を境界とするなら、瀬長島野球場北側の道路のカーブ部分は那覇市となってしまうようです。

実際に見に行ってきました。

↑この先

↑カーブ付近

写真のGPSメタデータによると、撮影地点は、緯度26°10′37.669999999998289″、経度127°38′45.1699999999839″です。(iPhone7で撮影)
iPhoneの写真アプリ上で確認しても、撮影地点は「那覇市-瀬長」と表記されます。

結論

瀬長島野球場の東側と北側に道路が新設されたのが2015年で、裁判が終結(上告棄却)したのが2016年6月。

前豊見城市長の宜保晴毅さんは、ブログで以下のように記述しています。
(※記事更新時点では市長在任中)

「大変残念なお知らせです!」

那覇市と裁判で争っていた瀬長島付近の境界問題、最高裁でも棄却されてしまいました。
本当に残念でなりません。
この結果で、今後、他市町村でも境界問題が沸き起こることになるでしょう。
ただ、すでに埋め立てられた付近の境界は、双方認めた上でのことですから、問題にはならないかと。

2016年6月15日更新

引用:やる気!元気!ハルキ!豊見城前市長の奮闘日記‼

「すでに埋め立てられた付近の境界は、双方認めた上でのことですから、問題にはならないかと。」としています。

第一審判決でも、「整理地図に記された線は瀬長島の帰属を示す」云々と述べられているように、瀬長島の帰属は豊見城市ですから、埋め立てでハミ出した微々たる一角が那覇市なわけがないのです。

結論:誤差の範囲内で、たぶん豊見城市帰属。

記事中の情報

市町村の合併及び境界に関する訴え-西南学院大学(PDF)→こちら
なは市民の友→こちら
豊見城市議会→こちら
国土地理院→こちら

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