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首里城焼失から2日が経ちました。

あの日の僕

2019年10月31日4時51分、熟睡していると早朝にもかかわらず電話がなりました。
出てみると電話は叔父さんからで「首里城が燃えてる テレビを見てみろ」とのこと。
ボヤ騒ぎ程度だろうと思いNHKを見てみると、すでに正殿は骨組みだけとなっていました。

外に出てみると、首里城方向の空は赤くぼんやりと明るく、約1.6km離れた我が家周辺まで焦げたニオイが風によって運ばれてきていました。
防湿庫からカメラを取り出し、急いでバイクに乗り首里城へ。
首里城周辺は交通規制が敷かれており、多くの野次馬やマスコミでごった返していました。
龍潭池畔で燃える首里城を見たときの喪失感たるや、今思い出しても心が痛いです。

2日経った

報道によれば、琉球王国時代の絵画、漆器、書跡、染織など沖縄美ら島財団の所蔵資料1510点のうち、3割近い421点が焼失したらしい。
一夜にして、多くのものを失ってしまいました。

2019年11月2日、改めて首里城へ行ってみると、守礼門や歓会門あたりまで立ち入り可能となっていました。

↑龍潭より

↑歓会門後方には焼けた北殿

↑アップ

動画

玉城知事は、沖縄北方相や官房長官と面会し協力要請を行いました。
政府は国費での再建を検討しているようです。
本土復帰50年にあたる2022年までに再建計画の策定を目指すようです。

再びあの勇姿を。

【写真】在りし日の首里城正殿
2019年10月31日発生した火災で消失した首里城の在りし日の写真を紹介します。
記事中の情報

2019/11/01更新「【写真】在りし日の首里城正殿」→こちら
2019/10/31更新「首里城の火災」→こちら
2019/04/04更新「2014年に撮影した首里城」→こちら
2019/03/03更新「首里城御内原が復元された」→こちら
キーワード:首里城再建,首里城の写真,琉球王国,御百浦添,うーちばら,首里の大奥

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