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浦添城跡で城壁発掘。

浦添城とは

琉球国中山を支配下に置いた、舜天、英祖、察度の3王朝の居城とされる浦添城。
13世紀末から14世紀初頭に築かれ、14世紀から15世紀初頭に大規模なグスクになったと考えられています。
沖縄戦では、浦添城跡がある丘陵で、日本軍と米軍との間で激戦が交わされ、大きく破壊されました。
戦後は土木建築資材として、城壁の石灰岩は持ち出されてしまい、かつての城の姿は大きく失われてしました。
平成元年に浦添城跡は国の史跡に指定され、平成17年には浦添ようどれが復元。
平成18年度からは、城西側の発掘作業が進められています。
そして平成26年、比較的良好な形で城壁が発見されました。今回はその城壁が一般公開されましたので、見学に行きました。

 

写真

●上載地図の①部分で発掘された城壁

平成27から28年度調査で発掘された城壁。根石や、石を据えた岩盤の「はつり面」が観察された。

●上載地図②部分で発掘された城壁。

この石積遺構は斜面上部に向かって約8m続いており、途中でカーブし、斜面に対して並行に進む形状となっています。曲がりくねった石積です。
最も高い所では約2m、積石10段が確認されたそうです。
琉球石灰岩を方形に加工した切石で、「布積み」の技法で積まれた城壁だったらしい。

上載地図①~②の部分は、かつてこのような城壁があったとされています。

発掘された青磁や瓦も公開されました。

午前10時と午後2時の2回に分けて一般公開されました。
僕は午前の部で参加したのですが、約120人ほど集まりました。

動画

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この記事を書いた人
平田 朝晃

ハンドルネーム:まぁびぃせんせー。
1995年1月30日、沖縄県那覇市出身。
2007年から2017年までは、Amebaでブログ運営をしていました。
現在は、WordPressで運営しています。
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