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中城御殿の復元は、なぜ停滞しているのか?【首里杜構想】

沖縄県は、2020年4月24日に「首里城復興基本方針」を発表しました。

首里城復興基本方針|PDF

基本方針の中で、歴史的環境の創出(まちづくり)として、「首里城公園及び周辺地域の段階的整備 」を掲げており、沖縄戦で消失した、中城御殿円覚寺御茶屋御殿の復元を明記しています。円覚寺は、今年度中に復元工事に着手するとしています。

中城御殿の復元は?
予備知識「中城御殿とは?」

中城御殿とは、王世子(今で言う皇太子)の邸宅。
尚豊王代(1621年~1640年)に現在の首里高校敷地内に創建され、その後、1873年に龍潭北側(旧沖縄県立博物館敷地)に新しく造営されました。廃藩置県により、国王は首里城を明け渡し、1879年に国王は中城御殿に移り、その後は尚家本宅となりました。
しかし、1945年5月、沖縄戦で多くの宝物とともに御殿は消失。
戦後は琉球政府が跡地を買上げ、博物館を建設。2007年に博物館はおもろまちに移転。現在は県営首里城公園の区域に指定されており、中城御殿の復元が計画され、国宝「琉球国王尚家関係資料」の展示、活用も計画されています。

出典:中城御殿跡 沖縄県立埋蔵文化財センター— 県営首里城公園 中城御殿跡発掘調査報告書(6)―

2013年7月12日、琉球新報が「尚家国宝、中城御殿へ 22年度公開目指す」という記事を公開しました。
以下、記事を抜粋します。

県が復元計画を進める中城御殿に、那覇市が所有する国宝「琉球国王尚家関係資料」を寄託、展示する計画が進んでいる。

NPO首里観光協会(金城英輝代表)が那覇市議会に尚家国宝の県への寄託を求める陳情が、6月26日に採択された。1879年の「琉球処分」の際、首里城から中城御殿に移され、その後東京に運ばれ戦禍を逃れた琉球の宝が、長年の時を経て首里に戻ることになる。
県は2022年度にも中城御殿の一般公開を目指している。今後、中城御殿跡地整備検討委員会で、国宝受け入れに向けた施設整備の内容を詰める。

引用・抜粋:琉球新報「尚家国宝、中城御殿へ 22年度公開目指す

2022年度にも中城御殿の一般公開を目指すとしていますが、この記事は約7年前のもので、現状からするにそれは厳しいと思われます。

なぜ、中城御殿の復元は滞っているのでしょうか?沖縄県議会や那覇市議会の会議録から、理由を探ってみます。

沖縄県議会&那覇市議会

■■赤色は、那覇市議会の会議録。 ■■青色は、沖縄県議会の会議録。
※那覇市議会と内容が重複しているため、県議会の掲載は少なめです。
※以下、質疑応答の文章は、那覇市議会・沖縄県議会の会議録より引用しています。
※省略してる箇所が多々あります。全文は各会議録のリンクより確認ください。

●那覇市議会-2001年6月定例会-06月06日

翁長雄志市長(当時):(前略)県立博物館が移転した跡地に中城御殿を復元し、尚家遺産の常設展示ができないものか、検討していきたいと考えております。

-会議録はこちらより引用

★沖縄県議会-2002年第1回県議会-02月25日

浦崎唯昭議員:(前略)那覇市は第3次沖縄振興計画の推進に当たって旧中城御殿の復元・整備を要望しております。
そこで、旧中城御殿を県において復元し、そこへ尚家継承文化遺産を展示・公開することにより、王朝文化をキーワードとした沖縄県にしかない独自性をより強固にアピールし、なお一層の高度な経済効果を生み出すことができるし、伝統文化の継承・発展に向けた知的遺産づくりにもなろうかと思います。当局の御所見をお伺いいたします。

教育長:(前略)現在、新たな沖縄振興計画を策定中であり、そのアクションプログラムとして「沖縄県文化振興計画」を作成する予定であります。「沖縄県文化振興計画」では、県内の歴史的文化遺産の保存・継承や復元・整備を推進する計画であり、尚家継承文化遺産の保存につきましてはその中での位置づけを考え、関係機関と調整を図りながら保存・継承を進めていきたいと思います。また、旧中城御殿についても現博物館の移転後、地下遺構の状況把握を初め古い写真資料、聞き取り調査等関連資料調査を行う中で文化財としての整備及び復元の可能性について検討してまいりたいと考えております。

-会議録はこちらより引用

2006年06月09日、琉球国王尚家関係資料1,251点(美術工芸品85点、文書・記録類1,166点)が歴史資料として国宝に指定される。
●那覇市議会-2008年9月定例会-09月22日

瀬長清議員:(前略)県立博物館跡地の整備についてであります。
那覇新都心地区に新たに沖縄県立博物館・美術館が建設され、県立博物館跡地の整備が課題となっております。
そのような中、沖縄県の公共事業評価監視委員会の答申の報告の中で、那覇市首里の県立博物館跡地の整備利用に向けて、県の土木建築部と教育庁は2009年度にも検討委員会を設置すること。また、委員会は県教育庁、学識経験者、関係団体などで構成し、首里城公園整備事業の一環として、中城御殿の復元も視野に入れて協議をすることを明らかにしています
そこで、那覇市としても、歴史的に由緒ある土地であり、県立博物館跡地の整備について、県は来年度検討委員会を開催し、跡地の利用を協議するということであるが、当局の所見をお伺いいたします。
①県立博物館跡地の整備スケジュールはどうなっていますか、お伺いいたします。
②県立博物館跡地の整備検討委員会が設置されるとのことだが、どのような構成となっているか。そして、その期間はどうなっておりますか、お伺いいたします。

都市計画部長:沖縄県に確認したところ、県立博物館の跡地については、首里城公園区域として都市計画決定されており、1988年3月に策定された「首里城公園基本計画」において、当該区域は博物館を残し庭園や駐車場などの整備を行う計画となっております。
しかしながら、その後の博物館の移転、民間駐車場の営業及びモノレールの開業など、周辺環境の状況変化があり、さらに当該区域がかつての中城御殿として歴史的にも重要な場所であることから、学識経験者を含む検討委員会を設置し、首里城公園における博物館の跡地利用について、今後、再検討を行う考えであるとのことであります。
整備スケジュールにつきましては、文化財発掘調査の本調査を2007年度から開始しており、発掘調査の結果を踏まえ、整備検討委員会を設置し、その後、整備を予定しているとのことであります。
したがいまして、整備検討委員会の構成委員、設置期間については決まっておらず、今後検討していくとのことであります。

-会議録はこちらより引用

●那覇市議会-2012年2月定例会-03月02日

瀬長清議員:(前略) 中城御殿の整備について。
ことし1月21日の地元新聞の1面に大きな見出しで「中城御殿復元 王の世継住居 旧県立博物館跡 県が設計予算を予定」と、明るいニュースがありました。
新聞報道によりますと、沖縄県では3月までに基本計画をまとめ、調査と設計のために数千万円を来年度予算に計上する予定で、早ければ3年後の2015年度に着工する可能性があると報じられていました。
中城御殿は、那覇新都心地区に、県立博物館・美術館の整備移転に伴い、課題であった首里の旧県立博物館の跡地利用について、琉球王家の中城王子が住んでいた中城御殿の主要な建物二十数棟連結して棟をなして建てられ、男性だけの表御殿と女性だけの奥御殿に分かれていたそうです。
表御殿は、大広間の内部書院造りとなり、また奥御殿は寝殿造りの配置であったようです。御殿周辺には高い石垣とフクギ林に囲まれ、表面には赤瓦屋根の門構えで、その美しい姿と建物の周りにはすばらしい琉球庭園が配置されていたそうです。想像しただけでも、胸がわくわくするような香り高い琉球文化の一つの遺産であります。
沖縄県は、中城御殿として復元整備を図る方針を示し、新年度にも事業化に向けた予算を計上する予定であるとのことであります。
そこで、中城御殿の整備に向けた取り組みと、事業の概要について、当局の所見を求めます。
(1)旧県立博物館跡地の整備スケジュールはどうなっていますか、お伺いいたします。
(2)中城御殿跡地整備検討委員会の委員構成と地域からの参加者はどうなっているのでしょうか、お伺いいたします。
(3)どのようなものを復元整備する予定でありますか、お伺いいたします。

都市計画部長:(1)から(3)まで順次お答えします。
1点目の博物館跡地の整備スケジュールについてお答えします。
当該跡地を所管しております沖縄県に確認しましたところ、旧県立博物館閉館後の2007年度より敷地内の文化財発掘調査が行われているとのことであります。
また2010年度より、当該跡地の整備方針などを検討するため中城御殿跡地整備検討委員会が設置されており、現在、当委員会による専門的な観点からの指導・助言を受けて基本計画を作成中であります。
今後は、基本計画に基づく調査設計を2013年度までに行い、同時並行して2013年度からは中城御殿の復元等の整備に着手する予定とのことであります。
2点目の整備検討委員会の委員構成と地域からの参加についてお答えします。
中城御殿跡地整備検討委員会は、委員として有識者・学識者6人と、協力委員として国・県・那覇市の関係部局職員8人で構成されております。
また、地域の自治会やNPO、通り会などにつきましては、施設に必要な機能や地域利用のあり方などについて、事前にアンケート調査を実施し意見の聴取を行っているほか、委員会の開催時には、情報共有などのために参加を呼びかけており、毎回、多数の方々が傍聴されているとのことであります。
3点目の予定している復元整備についてお答えします。
中城御殿の主要建物20数棟のうち、復元についての史料の豊富さや発掘調査の結果などにより、建物の内外にわたり精度の高い復元を行う建物、外観の復元を中心とする建物、その他整備を行う建物などについて、中城御殿跡地整備検討委員会で検討を行っているとのことであります。
具体的には、敷地東南側の御広間(おひろま)などについては、木造による精度の高い復元、その他敷地北側の大御殿(うふうどうん)などについては、外観の再現を中心としたものが考えられるとのことであります。

-会議録はこちらより引用

●那覇市議会-2012年2月定例会-03月05日

古堅茂治議員:(前略)中城御殿の復元を実現させ、尚家第22代当主尚裕氏から寄贈を受けて那覇市が所有する国宝琉球国王尚家関係資料を尚家関係者や専門家・関係機関らと協議し、中城御殿で常時公開できるようにすべきと考えますが、見解を伺います。

市民文化部長:尚家資料が中城御殿で展示されることは、里帰りという意味合いもあり、また尚家の方々も望んでいることと思います。
我々に残された尚家資料は保存するだけではなく、沖縄の発展のために活用してこそ、故尚裕氏のご遺志に報いるものと思います。
中城御殿での尚家資料展示には那覇市全体、沖縄全体の立場でよりプラスになるという観点で検討しなければならないことだと考えております。

-会議録はこちらより引用

沖縄県議会-2012年第8回-12月20日
国宝・尚家資料に関する陳情が採択。内容を詳しく見ることができませんが、中城御殿で国宝「尚家資料」の展示、活用を求める内容です。
●那覇市議会-2013年2月定例会-02月28日

野原嘉孝議員:(前略)琉球王国の皇太子邸宅であった中城御殿跡地の整備事業が県によって進められていますが、那覇市が管理、所有している国宝尚家資料の保存と活用について以下伺います。
(1)本来ならば、県がしっかり管理運営をすべきではなかったかと個人的には考えていますが、那覇市が尚家から寄贈を受け、管理運営を任されるに至った経緯を教えていただきたいと思います。さらに、主な資料について紹介をお願いします。
(2)これら資料の管理状況は、どうなっているでしょうか。
(3)昨年9月、NPO首里観光協会から「国宝・尚家資料に関する請願」が提出されています。中城御殿の再建にあたり、この機会に首里において尚家資料をより多くの人に見ていただくための、展示、活用する施設を設けるよう求める内容でありました。付託を受けた厚生経済常任委員会では、まずは県の方が先に責任を果たすべきであるとの判断により、継続審議といたしました。市当局にも同様の要請があったと思いますが、どのように対応したかお伺いします。

市民文化部長:まず、本市が保存・管理するに至った経緯でございますが、当初、尚家第22代ご当主尚裕氏が個人で保管・管理しておられた資料の、東京都台東区への寄贈の動きがございました。
それに対し、1989年、琉球王国文化遺産の県外流出を防ぐことを内容とした意見書が、本市議会において全会一致で採択されるなど、県内機運の高まりを背景に、首里城や関連遺産群が数多く所在する本市と尚裕氏側で調整を重ね、1993年に贈与契約を締結し、1996年までに尚家資料が本市に寄贈され、現在、歴史博物館において保存・管理を行っているところでございます。
本市で管理する尚家資料は多岐にわたり、その中でも国王が使用した王冠や公式行事に使用した衣装、調度品などの美術工芸品85点、琉球・中国の交流や王府内の行政記録などの古文書1,166点は、琉球王国に関して現存する数少ない歴史資料として、県内唯一の国宝指定を受けております。
次に、同資料の管理状況につきましては、パレットくもじ4階の那覇市歴史博物館内の資料保管庫にて厳重に保管管理し、特別展示室において定期的に展示資料を入れ替えて、公開展示しております。
保管庫は、温度・湿度を一定範囲内に維持する空調設備、盗難や火災等への防災設備を施し、貴重な資料の適正な保管に努めております。
また、昨年のNPO首里観光協会から、中城御殿跡地整備施設内での尚家資料の展示に関する請願につきましては、中城御殿跡地整備事業を所管する県の担当課からの求めに応ずる形で、意見交換を行っているところでございます。
かつて、尚家資料が展示された御殿跡に資料を展示することは、歴史的にも観光振興の面からも大きな意義があるものと考えております。
当該整備事業の展示施設における資料展示に向けて、可能な限り協力してまいりたいと考えております。

野原嘉孝議員:先ほど保存管理の件で、厳重に管理しておりますということでありましたけれども、那覇市歴史博物館においては、国宝及び国宝級の資料等を保管するにあたりまして、震災であったり火災、盗難等へのこの対策は、具体的にどうなっているか、壺屋焼物博物館等の状況も交えて教えていただきたいと思います。

市民文化部長:施設に関しましては、パレットくもじの市民劇場内ではありますが、歴史博物館の資料室の中で、十分な保管・管理ができるように完璧に管理できるようにということで準備させていただいております。

野原嘉孝議員:あまり具体的ではなかったですけれども。
前に聞いたときに、火災に対してスプリンクラー等はどうなっていますかと聞きました。スプリンクラーは止めていますということでした。火災の時に水が出て、国宝が台無しになってしまうと。しかし、危ないですから、ハロゲンガスで火災を止めるという防止対策をしておられました。
壺屋焼物博物館、先日、厨子甕の展示もちょっと見てきましたけれども、地下1階、2階がすごい免震耐震の構造で、大変お金をかけて保管管理のバックヤードがしっかりしているということを見て、聞いてきております。
この件はこれからもしっかり詰めていきたいと思いますが、基本的にこのパレットくもじは、雑居ビルだと私は認識しています。ここで国宝級の財産をずっとこのように管理していいのかなという1つ疑問が残っておりますので、このへんまた今後詰めていきたいと思います。

野原嘉孝議員:先ほどのNPO首里観光協会は、県議会にも同じような要請行動をしていたようでありますけれども、県の動向というのは、市当局は押さえていますでしょうか。

市民文化部長:県の現在の中城御殿の整備状況というのは、細かいところの進捗状況というのは、まだ把握されておりませんが、この施設整備の中で、ぜひ中城御殿での国宝の展示資料等、県から求めがあってその相談があればいつでもお受けしたいと思います。今は意見交換をやっております。

野原嘉孝議員:県のほうは12月、委員会でいろいろ要請に対しての採択があったようであります。詳しい内容をもうちょっと調べて教えていただきたいと思うんですけれども。
NPO首里観光協会は、昨年9月の請願を今回2月に取り下げて新たに陳情を出し直すようであります。
那覇市に展示・活用施設を設けることが、本意ではなくて、中城御殿が完成した暁にはもともと保管されていた場所、つまり中城御殿に尚家資料を誘致したいというのが本来の目的であったようであります。私もその趣旨には理解と賛同はいたしますけれども、ただ気になる点が1つあります。
それは、再建される中城御殿での資料保管の設備に関してであります。県は具体的な設計作業に入っていると思いますけれども、この時点から学芸員等の専門家を入れて、国宝級資料の保存・管理を万全にするためにも、この専門家の提言をどんどん受け入れていくべきではないのかなと私は思います。当然、予算は増加するでしょうけれども、これまでの経緯等を考えますと、県はこれぐらいしっかりと対応していくべきだなというふうに私は思っております。
那覇市として尚家資料の提供、また活用への協力をするとなったとしても、県に対して、今私が言いましたバックヤードのしっかりとした設備充実を、これぐらい条件を付けて提示をしてもいいのではないかなと思います。
それが那覇市を信頼して、資料、財産を寄贈していただいた尚家に対する誠意であると私は思いますけれども、当局の見解を求めます。

市民文化部長:県のほうから具体的に展示資料室あるいは展示の仕方について、具体的な相談がございましたら、その時点でいろいろ調整をしていきたいと思っております。

-会議録はこちらより引用

★沖縄県議会-2013年第1回県議会-03月06日

渡久地修議員:(前略)中城御殿の復元の進捗状況と、首里王府の国宝級の資料をそこで展示することを明確にすべきです。

土木建設部長:(前略)首里王府の国宝級資料の中城御殿への展示に向けて、現在、資料を所管している那覇市歴史博物館などと協議を進めているところであります。

-会議録はこちらより引用

那覇市議会-2013年6月定例会-06月26日
陳情第188号:『国宝「尚家資料」誘致に関することについて』が採択。
陳情の内容を詳しく見ることができませんが、中城御殿で国宝「尚家資料」の展示、活用を求める陳情です。

●那覇市議会-2015年12月定例会-12月11日

大浜安史議員:(前略)旧県立博物館の跡地に中城御殿の復元建設計画が予定されておりますけれども、進捗状況についてお伺いいたします。

都市計画部長:中城御殿跡地整備の進捗状況につきましては、所管しております沖縄県に確認をいたしましたところ、2010年度に基本構想、2011年度に基本計画、2012年度から2014年度にかけて予備設計を行ったとのことであります。
跡地整備計画の概要につきましては、展示エリアや木造建築の復元を予定している表御殿東側エリア、体験学習施設などを予定している表御殿西側エリア、庭園を予定している上之御殿(イイヌウドゥン)エリアの4つのエリアの計画となっております。現在、当該整備の手法等について、関係機関などとの調整を進めているとのことであります。

大浜安史議員:(前略)私も、旧県立博物館跡地を見てまいりました。県道龍潭線の道路の拡幅の整備関連で、石垣の移動が工事中であり、まだ未完成でありました。
現場の方に聞くと、今度のことで工事は延びるようで、現在も試掘調査中であります。
11月20日の新聞報道を見ますと、見出しで「中城御殿に石積み遺構幅15m、専門家は重要な発見」との記事がありました。調査を担当している県立埋蔵文化センターの山本主任委員のお話では、沖縄戦で破壊され、戦後も地形が変形された中で、古来からの伝統的工法による大規模な石積みの発見は重要だとのことの記事でございました。
私も、本人と現場で会う機会がありました。この埋蔵文化財、市民への一般公開と住民説明会はあるのですかということでお聞きしましたところ、残念ながらないとのことでありました。
試掘調査は一部完了し、今月中には埋め戻すとのことでありました。また来年からは2016年度試掘調査をして、2017年度以降の計画はないとのことでありました。
今お手元の議場の中にこういった資料をお配りしておりますけれども、今現在の中城御殿の状況でございます。これは、中城御殿の跡地整備検討概要案でありまして、表御殿東側エリア、ここでございますけれども、これが復元の範囲でございます。表御殿西側のエリアがコミュニティー、休憩、体験学習ということであります。あと展示エリアとして、上之御殿エリアという庭園もございます。今現在新聞で報道されているのが上之御殿エリアのことでございます。※当方で補足あり。
この件につきましては、2014年、予備設計ができておりますので、今後は実施設計等が始まり着工できるよう、県のほうに市としても連携して頑張っていきたいと思います。
また、2017年以降から着工できるよう、この点については要望といたします。

-会議録はこちらより引用

※補足

出典:「中城御殿跡 沖縄県立埋蔵文化財センター― 県営首里城公園 中城御殿跡発掘調査報告書(7)―」

・南東側の大広間周辺の建物が復元されると思われる。
・西側(取納座殿・御蔵周辺?)には体験学習施設を計画している。
・北西側の上之御殿周辺には庭園を計画している。(石積み遺構が発見された)
・展示エリアは、北側(御寝廟御殿)周辺??

●那覇市議会-2017年2月定例会-02月23日

久高友弘議員:(前略)中城御殿はどういうスケジュールで、県、市、どこが復元するんですか。現在の進捗状況も合わせて伺います。

市民文化部長:(前略)2012年度から2014年度にかけて、基本計画を踏まえた復元検討を行い、予備設計を完了したとのことです。
予備設計段階から本市を含めた関係機関との調整が図られ、主に施設整備、管理運営主体の検討がなされております。
本市は、国宝の尚家資料を管理している点から、展示施設エリアの施設整備、管理運営の主体としての事業を打診されましたが、昨年9月に受け入れできない旨、回答しております。
現在は、沖縄県内部で関係部署と施設整備について調整しているとのことであり、中城御殿の整備については沖縄県が主体となって整備するものと認識しております。

久高友弘議員:(前略)2015年度以降、県の動きが全く見えず、一部の業務が那覇市に振り分けられるような話も聞かれました。
最終的に沖縄県が主体となって整備することがはっきりすれば、今後、早めに整備事業に着手して、全ての県民が望んでおられる早期実現を希求していきたいと思っております。

-会議録はこちらより引用

●那覇市議会-2018年12月定例会-12月10日

上里直司議員:(前略)中城御殿跡地整備計画の進捗と本市のかかわりについてお尋ねをいたします。

都市みらい部長:(前略)今後の事業の予定について沖縄県に確認したところ、現在、2019年をめどに埋蔵文化財の発掘調査を行っており、それ以降の事業予定等については、沖縄県内部で関係部署と調整しているとのことでございます。
現在、本市として直接的な整備事業へのかかわりはございませんで、今後も引き続き沖縄県が主体となって整備するものと認識しております

-会議録はこちらより引用

2020年3月4日、「首里城の早期再建と御茶屋御殿、中城御殿、円覚寺など周辺の戦災文化財の一体となった復元を求める意見書」が那覇市議会で可決され、玉城デニー知事に提出。
県は、2020年4月24日「首里城復興基本方針」を発表し、「県営公園区域にある中城御殿跡や円覚寺跡等の復元を計画的に進めていく。」と明記されました。
→あわせて「首里円覚寺の復元工事、2020年度中に着手。【新・首里杜構想】」もお読みください。

首里円覚寺の復元工事、2020年度中に着手。【新・首里杜構想】
沖縄県は2020年4月24日、「首里城復興基本方針」を発表し、円覚寺・中城御殿・御茶屋御殿の復元計画を明記しました。
疑問

琉球新報が2013年7月12日に報じた記事「尚家国宝、中城御殿へ 22年度公開目指す」には、「今後、中城御殿跡地整備検討委員会で、国宝受け入れに向けた施設整備の内容を詰める。検討委は2010年12月から8回開かれた。開始当初から展示エリアの整備計画はあったが、尚家の国宝展示は想定していなかった。」とあります。

しかし、2001年に当時の翁長雄志市長は「中城御殿を復元し、尚家遺産の常設展示ができないものか、検討していきたいと考えております。」と述べており、また、2002年に県議会でも「中城御殿を県において復元し、尚家継承文化遺産を展示・公開できないか」という趣旨の質問がなされています。

なぜ、那覇市は2001年時点から国宝展示を想定していたのに、検討委に対して早い段階から働きかけはしてこなかったのでしょうか??
県と那覇市、検討委の意思疎通はちゃんとできているのでしょうか?なぜこんな齟齬が生じるんだろう??

2011年度に基本計画、2012年度から2014年度にかけて予備設計を行ったらしいので、その中では国宝展示は反映されたのでしょうか?
詳しく内容を見たいのですが、県はそれらの情報をネット公開していないようです。
今、一体どうなっているんでしょうか??

2020年5月15日に県が公開したPDF「首里城公園と周辺まちづくり動向 首里城復興基本方針に関する有識者懇談会資料」によると中城御殿跡は、
・整備計画等策定(木造復元、コミュニティ、展示室、庭園等)
・発掘調査は今年度で調査を完了し、次年度より報告書とりまとめ。
・発掘と並行し事業化検討中
とのみ記載されています。

出典:首里城公園と周辺まちづくり動向 首里城復興基本方針に関する有識者懇談会資料

早い復元を

那覇市議会2017年2月定例会で市民文化部長は以下の通りに答弁しています。
「本市は、国宝の尚家資料を管理している点から、展示施設エリアの施設整備、管理運営の主体としての事業を打診されましたが、昨年9月に受け入れできない旨、回答しております。」
県は那覇市に対して、展示エリアの整備、管理、運営を打診したようです。那覇市はそれを受け入れないとしています。

龍潭線拡張に伴う石垣のセットバックや遺構発見、国宝展示の折り合いなどが重なり、復元計画は延びているようです。
首里城再建の過程で、周辺の戦災文化財の復元も注目されているので、今後の進展を願います。
また、中城御殿は木造復元が予定されているので、火災対策は万全を期してほしいですね。

記事中の情報

2019/10/31更新:首里城の火災→こちら
2019/03/02更新:首里高校で発掘された「中城御殿」の現地説明会→こちら
2020/05/02更新:首里円覚寺の復元工事、2020年度中に着手。【新・首里杜構想】→こちら
沖縄県議会→こちら
那覇市議会→こちら
全国遺跡報告総覧→こちら

キーワード:ナカグスクウドゥン,首里里大中町,御太子,黄金加那志前,中城王子

住所:〒903-0823 沖縄県那覇市首里大中町1丁目1番地

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この記事を書いた人
平田 朝晃

ハンドルネーム:まぁびぃせんせー。
1995年1月30日、沖縄県那覇市出身。
2007年から2017年までは、Amebaでブログ運営をしていました。
現在は、WordPressで運営しています。
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