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2019年那覇ハーリー、本バーリーは那覇が4連覇

ハーリーとは?

GW恒例の「那覇ハーリー」が今年も5月3日~5日の3日間行われました。
ハーリー(ハーレー)とは、爬竜船(ドラゴンボート)による競漕で、沖縄県内各地で行われています。その中でも那覇ハーリーは最大規模。
中国伝来の祭りで、豊見城城主の汪応祖による伝来説や、14世紀の久米閩人三十六姓による伝来説、長浜大夫という人による伝来説などが存在します。
糸満ハーレーや豊見城ハーリーなども有名で、本島北部や八重山でも行われています。
「糸満ハーレーの鉦が鳴ると梅雨が明ける」という言い伝えも存在します。

沖縄大百科事典

沖縄大百科事典で「那覇ハーリー」を引いてみると、
那覇ハーリー:王府時代には国王の観覧があり、冊封使来琉のときは首里の龍潭池でも催された。古代のハーリーは廃藩置県以後に急速に衰え、年中行事としては長らく途絶えていたが、1975年(昭和50)に復活した。競漕は泊・久米・那覇対抗の形で行われる。
船の大きさは長さ14.55m(48尺)、中間の幅員2.12m(7尺)、重さ約4040kgと大きな船で、乗組員は鉦打ち・舵取り・旗振り・前乗り・中乗り・漕手で構成された合計42人。
遊び漕ぎ(アシビクージ)では鉦の調子に合わせてハーリーの歌を唱和しながら那覇港内を回遊、のち決勝の競漕が行われた。戦後は泊港、現在は那覇新港で行われいる。泊・久米・那覇それぞれのハーリー歌があり、久米には中国語のハーリー歌もある。ハーリーヤー(爬竜屋)という地名があるが、それはハーリー船の格納庫跡である。

爬竜歌

泊・久米・那覇に伝わる「ハーリ歌」とはどんな歌なんだろう?
ネットで調べても、あまり情報が出てきません。

琉球新報の記事の中で、少しだけ歌詞が記載されていました。

那覇の歌の3番には次のような歌詞がある。「あぬ船(ふに)ぬ艫(とぅむ)に白鳥(しるとぅい)が居(い)ちょん(あの船尾に白鳥が居る)白鳥(しるとぅい)やあらんうみないうしじ(白鳥ではない、ウナイ神だ)」。男性にとっての女きょうだいがなるとされた守護神、ウナイ神が登場する。

久米の歌3番は地域の特徴が歌われる。「久米(くにんだ)ぬ村(むら)や水(みじ)ゆいがゆら(久米村の水のせいだろうか) ちたてぃ若者(わかむん)ぬ並(なら)どぅる美(ちゅ)らしゃ(青年たちが並んでいる姿が美しいのは)」。久米地域の青年の美しさと水の清らかさを描く。また、中国語の唐歌もある。

泊の2番には国王が出てくる。「此(く)ぬ人数(にんじゅ)揃(す)りてぃ首里(すん)加那志(じゃなし)めでい 出(ん)ぢ立(た)ちゅる時(とぅち)や さびやねさみ(この人数が揃った。国王の方に出ていく時なら寂しくない)」。1番の歌詞、ハーリー競漕から無事に帰れるか心配する乗船員の心境を受けた内容だ。

琉球新報「ハーリーの歌 継承探る 泊・那覇・久米の3地区 少ない資料 音程は録音頼り」(2018/06/03)より一部引用

沖縄県立図書館でも調べてみると、泊復興期成会著の「爬竜歌」という冊子が所蔵されていました。

爬竜船の歌

(泊)
一、此人数揃りて スンジヤナシ めでい
出立つる時や さびやねらぬ
爬龍泊のヘンサーヨ

二、これ???ゆら亦????すゆら
今日の出立ちや さだみぐるさ
(二番目の歌詞は乱筆で解読不可)

三、泊走る船ぬ豊見城登ぶて
世嘉豊漕ぎ受きて走るかつらさ
爬龍泊のヘンサーヨ

四、石なぐの石の大瀬なるまでん
うかきぶせ みそり 拝でしりら
爬龍泊のヘンサーヨ

五、お盃でんし拝でしりからや
うちたゆいたゆい ぬんち拝がま
爬龍泊のヘンサーヨ

(爬龍泊のヘンサーヨ)
一、エーフチユーイ、チーターイ、ハヲターヲ、スンネーンシー、エーイ
サーヌブキ、タボチヤル、ウブクラサー、ヤーンヌクニヤー、ニヘヲガマ

二、エーインチエー、サンチエー、チーハンシー
サーヌブキ、タボチヤル、ウブクラサー

三、エーウヲータヲ、ハフターフ、パツセンセーン、ハンネー、エーイ
サーヌブキ、タボチヤル、ウブクラサー

四、エーチヤイチーシヤンキー パツシヤーンヲ サーヲブキ

(那覇)
一、今日の福らさや なうにじやな立てる
爬龍那覇ぬへんさーよ
へー ちふり居る花の へー ちゆちやたぐと
へー 那覇のへんさーよ

二、泊高橋になんじやじはうとち
爬龍那覇ぬへんさーよ
へー 幾日が夜ぬ明て とめてさすが
爬龍那覇のへんさーよ

三、那覇の走る船の豊見城登て
爬龍那覇のへんさーよ
へー 世嘉豊漕ぎ浮きて へー 世嘉豊しりら
へー那覇のへんさーよ

四、あの船のともに白鳥が居ちよん
爬龍那覇ぬへんさーよ
へー 白鳥やあらん へー うみないうしじ
へー那覇ぬへんさーよ

五、花たい里主が花もいがいめね
爬龍那覇のへんさーよ
へー 出て見てわらび とてや見るな
へー 那覇ぬへんさーよ

(久米)
一、今日ぬ福らさや なうにじやな立てる
爬龍くにんだへんさーよ
へー ちふり居る花ぬ ちゆちやたぐと
へー 久米へんさーよ

二、久米走る船の豊見城登て
爬龍久米へんさーよ

三、久米の村や 水ゆいがゆら
爬龍久米へんさーよ
へー ちゆたて若者の並で美らさ
へー 久米へんさーよ

四、首里天じやなし おかきわりちよわれ
爬龍久米へんさーよ
へー お萬人のまぎり拝でしりら
へー 久米のへんさーよ

三 隻 龍 舟 是 弟 兄
相 聯 相 爬 上 豊 城
贍 仰 聖 顔 咫 尺 間
年 豊 民 安 楽 大 平
三 龍 舟 也 池 中 遊
彩 童 歌 唱 報 隆 恩
鳳 凰 台 上 鳳 凰 遊
天 朝 仁 徳 如 海 深
也 囉 哩 啞 哩 哢 瀨
(読み)
サン キ リュン チュウ シ ティー シュン
シャン レン シャン パ シャン フーン チン
エン ニャン シン エンー チ チ チェン
ニエン フン ミン アン ロウ ターイ ヒン
サン リュン チュー エ チ ジニン ユー
チャイ トン ユウ チャン パオ リュン ニエン
フン ハーン タイ シャン フン ハン ユー
テン チャフ エン テー ジェフ ハイ シン
エー ロ リ ヤー リ ルーン ライ
(訳)・・・爬龍船と龍船歌PDFより抜粋。加筆です。
三隻の龍船は兄弟みたい、
共に頑張り共に競争して豊城に上る、
近いの間に聖顔を仰ぎ見、
豊年、平安、太平を祈る。
三隻の龍船は池の中で遊び、
着飾った童は歌唱して皇帝に恩を報い、
鳳凰の台上で鳳凰が遊び、
天朝の仁徳は海の如く深し。

泊復興期成会著「爬竜歌」より引用

「爬龍歌(ハーリー歌)~新・琉球民話・口碑伝説集第4話」というタイトルのブログ記事も発見しました。この記事にも似た内容の歌詞が紹介されています。
知識がない僕にとっては意味不明な歌詞ですが・・・(汗)

しかし、それぞれで相違点も存在します。
琉球新報の記事で「那覇の歌の3番の歌詞」と紹介されている歌詞は、泊復興期成会著の「爬竜歌」では4番の歌詞となっています。
同様に、琉球新報の記事で「泊の2番の歌詞」と紹介されている歌詞は、泊復興期成会著の「爬竜歌」では1番の歌詞となっています。
きっと、琉球新報さんの内容が現在伝わっている順番なんでしょう。

琉球新報の記事中には「歌は口伝で受け継がれる場合がほとんど」「新任の歌い手たちは数少ない資料から伝統を探る必要がある」「音程は先人たちの録音を頼りに耳で覚える」とも書かれています。
属人的且つ、記憶や口伝による不確定要素も相まって、継承の仕方に難ありな感じです。

御願バーリー・本バーリー

祭りの最終日には、泊・久米・那覇による御願バーリーと本バーリーが行われます。
御願バーリーとは、古代ハーリーの衣装やハーリー歌を歌いながら港内を回遊する豊穣の儀式で、本バーリーとは、3つの地域によるレースとなっています。
本バーリーは那覇が勝利し、4連覇となりました。

写真集

↑御願バーリー(泊)

↑本バーリー(泊)

↑手前の黒の船が泊、奥の黄色の船が久米

↑奥の緑色の船は那覇

記事中の情報

那覇市観光協会「那覇ハーリー」→こちら
Wikipedia「那覇ハーリー」→こちら
僕のオススメ「沖縄大百科事典」→Amazon

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この記事を書いた人
平田 朝晃

ハンドルネーム:まぁびぃせんせー。
1995年1月30日、沖縄県那覇市出身。
2007年から2017年までは、Amebaでブログ運営をしていました。
現在は、WordPressで運営しています。
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