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識名坂で真珠道の一部発見

地図引用 – Google

真珠道とは?

琉球国王に50年間在位し、多くの実績を残した第二尚氏第三代国王尚真
中央集権化やオヤケアカハチの乱を治めたことで有名ですが、真珠道の整備も行いました。
首里城から、金城町→繁多川→識名→長田→真玉橋→豊見城→小禄→垣花にかけて、約10kmの官道を整備しました。
交通の向上はもちろんのこと、那覇港の防衛(国防)的にも重要な道でした。
沖縄戦で真珠道の大半は破壊され、現在はコンクリート舗装された普通の道路となっています。
しかし、首里金城町に残る238mの「首里金城町石畳道」は、かつての真珠道の姿を現在に伝えています。
金城町石畳道は、「ちゅらさん」のロケ地としても有名です。

 

真珠道の一部を発見

金城町石畳道入口の道路を挟んだ向かい側には、識名坂(シキナヒラ)があります。
識名坂は怪談「シキナヒラの遺念火」という昔話の舞台となった坂です。


識名坂を上ると繁多川に至ります。
識名坂は改良工事中なのですが、坂上部で真珠道の一部とみられる石畳が発見されました。

地図引用 – Google

首里高校のグラウンドの下からは中城御殿の石垣が発見され、龍潭池ほとりからは水路跡が発見されました。
古都首里の地下には多くの遺跡が眠っているかもしれません。

「識名坂で真珠道の一部発見-その2」へ続く

記事中の情報

沖縄タイムス:「真珠道」の一部発見 那覇市・識名坂

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この記事を書いた人
平田 朝晃

ハンドルネーム:まぁびぃせんせー。
1995年1月30日、沖縄県那覇市出身。
2007年から2017年までは、Amebaでブログ運営をしていました。
現在は、WordPressで運営しています。
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